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Amazon:ケインズかハイエクか―資本主義を動かした世紀の対決

経済学を学んだことがある人ならば誰でも知っているであろう、20世紀の巨頭経済学者、ケインズとハイエク。彼らのどちらがより正解に近かったかというのは、両者が亡くなってからかなりの時間が経過した今もなお明らかになっていません。

ケインズとハイエク、それぞれの理論

ケインズは不況が起きた時に政府による積極的な財政出動によってその問題が解決できると考えていました。いわば「大きな政府」が本来の政府のあるべき姿であると考えていたわけです。

一方、ハイエクは不況は市場に任せることによって最もスムーズに解決され、国家の市場に対する介入は却って景気を悪化・混乱させ全体主義に陥る可能性があると考えていました。こちらは「小さな政府」が正しい姿であると考えていたわけです。

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世界恐慌から現代に至るまでの流れ

このような論争が生まれたきっかけは、1929年の世界恐慌です。ケインズは当時経済学会では主流だったセイの法則(供給が需要を創造する)という考え方を否定し、有効需要が供給を決めると考えていました。そして、不況とは有効需要が不足した状態なのだから、財政出動によって需要を増やしてしまえばいい、と考えたわけです。

一方、ハイエクはそのような考え方には反対し、不況の下でも市場で自由に取引をすることが大切で、政府といった一部の人間が市場を適切に管理することは不可能であると考えていました。この二人の考えが真っ向から対立し、論争が生まれたわけです。

論争の結果、多くの支持を集めたのはケインズでした。特にアメリカ政府はケインズの提唱した理論を元に、ニューディール政策(公共事業と善隣友好外交を柱とした政策)を実施。一定の効果が上がりました。

一方、ハイエクの自由主義的な考え方は受け入れられず、不遇の時代を過ごしました。

日本も高度経済成長期には積極的な税制出動によって公共事業を増やし、それが国土強靭に繋がったのですが、1970年代に入るとスタグフレーション(インフレと不況の同時進行)が度々見られるようになり、ケインズ的政策は行き詰まり、ハイエクの理論が注目されるように鳴りました。

特にイギリスはそれまで「ゆりかごから墓場まで」と称された手厚い福祉制度を中心にしていたのですが、財政赤字が膨らんだことからサッチャーは自由主義的路線に方向転換しました。

しかし、現代においては自由主義的なやり方にも限界が見え始めて居るのもまた事実。ケインズ、ハイエクともに正しい経済のあり方を見いだせなかった……のかもしれません。

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ケインズとハイエクと社会主義

ハイエクは社会主義は全体主義(ファシズム)を呼ぶため、政府は市場システムの機能を保護することに専念し、後は自由に取引をすべきであると考えていました。明確な反社会主義ですね。そもそもハイエクは人間は不完全であり、政府が市場をコントロールできるわけはないので、企業に自由にやらせるべきだと考えていたのです。

一方でハイエクは競争にそぐわない分野については公的サービスで対処し、特に制定源の生活保障や災害対策などは政府が行うべき、供考えていました。明確な反社会主義者では合ったわけですが無政府主義者ではなく、政府にも一定の役割があると考えていたわけです。

一方、ケインズ派社会主義的と言われることが多いものの、市場システムそのものを否定しているわけではありません。二人は真っ向から対立しましたが、完全に正反対の位置にいるわけでもないのです。

ケインズとハイエク、どちらが正しいか、あるいはどちらも正しいのか、あるいはどちらも間違っていたのかはおそらく誰にもわからないでしょう。皆さんはどう思いますか?

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金融・ 経済関連の記事をメインとしたフリーライターをしています。様々なジャンルの本を読み漁っていますので、 自分の記事が投資家の皆さんの利益となるように情報発信に努めていきます。