昨年8月ごろから急上昇を続けていたインドの長期金利が、先月やっと低下に転じました。今年2月まで7か月連続で金利が上昇していた背景には、中央銀行への利上げ懸念と財政赤字の拡大がありました。加えて、主要投資家であるインドの国内銀行による不買運動ともとれる姿勢も影響していたと見られます。この金利上昇に対処するためにインド政府が先月発表した一連の施策が奏功し、足元では市場は落ち着きを取り戻していますが、金利上昇局面が再開する懸念はくすぶっています。

インドでの金利上昇の背景

インドでは、「財政責任・予算管理法」によって、財政赤字を名目GDP比3%以内に収めることが義務付けられています。ここ数年、実績は3%を大きく上回っていましたが、モディ政権は2017年度(2017年4月―3018年3月)の予算で、その年度の赤字を3.2%、2018年度を3.0%とする目標を立てました。しかし、今年2月に発表した2018年度の予算の中では、2017年度の実績見込みを3.5%、2018年の目標を3.3%としたのです。そして同時に発表した中期財政計画では、3%の達成時期は2020年度に2年先送りされました。財政赤字が上振れた要因は、主に年金経費と債務の利払い増加です。これらは2018年度も同様に歳出を押し上げると見られるほか、2019年の選挙を前に、歳出を絞りにくい背景もありました。

さらに、原油価格の上昇と景気回復によって、物価上昇率が上昇傾向にありました。1月の消費者物価指数は前年同月比で5.07%となり、2017年12月よりは若干低下したものの、2か月連続で5%を超えました。これを受けて、2017年8月以来政策金利を据え置いているインド準備銀行(中央銀行)が近く利上げに転じるのではないかとの見方も浮上していました。

こうした財政健全化の先送りと利上げ懸念を受け、インドの10年国債利回りは昨年8月初旬の6.4%から、今年3月初旬には7.7%程度にまで上昇していたのです。

同様に財政問題を抱える日本

「財政健全化の先送り」という言葉は、日本でも残念ながらとても馴染み深いものです。安倍政権は昨年末、基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2020年までに黒字化するという目標を「先送り」しました。しかし日本では長期金利の急騰という事態は起こっていません。一つには当然、インドと違って日本は利上げには程遠いという状況があります。まだ異次元緩和の出口を議論する(すべき)段階で、利上げは恐らくずっとその先です。しかし、それよりも懸念すべき理由として、日本では国債のほとんどを日本銀行が買っており、「債券自警団」が機能しないという状況があります。「債券自警団」とは、インフレや財政赤字につながりかねない国の政策に対して、債券の売りで抗議する機関投資家のことを指します。債券が売られる(金利は上昇する)と、国債の利払い負担も増えるため、政府に財政赤字を削減させる圧力となります。しかし日本には、そうした売り圧力がかけられる機関投資家はもはやほとんどいないのです。今は、国債発行残高の約41%を日銀が保有しており、銀行や生保(共に約20%)よりもはるかに多くなっています。銀行も生保も、規制や事業ニーズに対応して一定の国債を保有する必要があります。マイナス金利導入もあって民間の機関投資家は既に限界近くまで国債の保有を減らしていると見られ、自警団としての存在感はありません。そして言うまでもなく、日銀は自警団とは真逆の動きをしています。

インドでの先月の長期金利反転のきっかけ

インドルピー建てのインド国債の主要な投資家は、同国の国立銀行です。それら銀行は、運用資産の8割程度をインド国債が占めるまでになっており、これ以上買う余力はありませんでした。むしろ、保有する国債の含み損が膨らむ一方で、今年に入ってからは3月初旬までネットで売り手に回っていたようです。インドの国立銀行は、「自警」していたとも言えます。

しかし3月26日、政府は今年度上期の債券発行予定額を年間予定額の約48%にとどめると発表したのです。ここ数年は上期に年間予定額の60~65%を発行しており、この発表は市場を驚かせました。更に4月2日、インド準備銀行は国内の銀行に対し、債券の売却損を最大4四半期に渡って分散計上することを認めると発表しました。これら一連の発表によって10年国債の利回りは4月5日現在で7.1%程度にまで低下したのです。4月5日のインド準備銀行の会合で利上げが見送られたことも、相場には支援材料でした。

インドの長期金利は再度上昇しそうだが、インドにできること
ただ容易に想像できる通り、今回の措置は問題の「先送り」に過ぎません。財政赤字の削減に踏み込まない限り、上期に抑えた分の債券発行額は下期に上乗せされます。原油価格が今後下落に転じなければ、利上げ懸念も再燃する可能性があります。インドの長期金利が再度上昇に転ずる可能性は低くありません。

では、インドの政府や中央銀行に他に打つ手はないのでしょうか?実はルピー建てインド国債には、海外の機関投資家に対しては投資枠といった規制があります。この投資枠は段階的に緩められてきてはいるものの、まだ海外機関投資家の保有比率は市場全体の5%にとどめられているのです。2022年には人口で中国を抜き、2050年にはGDPでアメリカを抜いて中国に次ぐ2位になるともされるインド。海外投資家のインドに対する期待は大きく、投資枠が広げられれば、一層多くの新規資金がインドに流入することが期待できます。国内投資家の需要不足を補って、債券市場の安定に寄与する可能性が考えられるのです。

翻って、日本

平成29年12月末現在の日本銀行の発表によると、海外投資家の日本国債(短期証券除く)の保有比率は6.1%となっています。日本政府は懸命に海外投資家を国内債券市場に呼び込もうとしていますが、現状はこの水準です。今後何らかのきっかけで日本の金利が急上昇した際、日本はどうするのでしょうか。また日銀に頼るというだけでは、将来により大きな問題を残すだけでしょう。インドのように高い将来性をどうにかして発揮するのか、或いは今こそ真剣に財政健全化に取り組むのか、インドで起こった金利上昇を他人ごととして見ている場合ではないと考えます。

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