60歳で定年退職した後、生命保険に関して2つの変化があった。ひとつは、現役時代に給料から天引きされていた保険料の支払いが、これから自分の口座からの引き落としになり、それを機に保険会社の担当者が自宅に来て、内容を見直すかどうかの話し合いをしたことになる。
もうひとつは、退職金の運用を銀行に相談したところ、その選択肢のひとつに一時払いの生命保険に入らないかと進められたことにあった。これは驚きに加えて、最初はすぐに意味が把握できなかったのだが「銀行が生命保険を売る」、しかも「資産運用のために」。これはいったいどういうことなのか……。
そこで今回は、定年退職後の生命保険について、この2つの側面から考えてみたい。
年間38万5000円も払っている“保険大好き”な日本人
生命保険文化センターの調べ(2015年/図参照)によると、日本人の生命保険の世帯加入率は89.2%。
そして、一世帯あたりの年間払い込み保険料は38万5000円にのぼるという。単純計算すると月々3万2000円も払っているということになる。すごい額だ。
そういえばわが家も、現役時代ずっと生命保険に2万円、個人年金保険に1万3000円ほど支払ってきたが、金額からすると「平均的な日本人」ということになるのだろう。
わが身を振り返ると、働き盛りの30~40代は月の保険料の支払額は2万円で4000万円の保障。
その後20年経過し、50代になった時点で、同じ保障を維持するには月の保険料が倍(プラス2万円=4万円)になると言われたので、保障額を2000万円に落とした。ちょうど次男が大学に入ったタイミングだったので、もうそろそろいいのでは、と思ったこともあった。
いうまでもなく結果的には、ほぼ30年以上それらの保険料は捨ててきたことになる。世帯ごとの年間保険料払い込み額を示した図のように、多くの世帯で年間、多額の保険料を支払っていることがわかるが、結局、日本人にとって保険とは「お守り」のようなもの。ともすれば「保険は入っておけばとりあえず安心」という側面が強いことも確かだ。
そして迎えた定年。
生命保険会社は「現在の保険料で、引き続き2000万円の死亡保障と、日額5000円の入院特約を継続するように」と主張した。2000万円のうち、65歳で満期を迎える定期保険が1600万円、残りの400万円が終身保険だ。65歳で毎月の保険料の払い込みは終了になるとのことだ。
保険会社としては、解約はもっとも避けたいところなので、「万が一のときに備え、残された家族のために今の保険は維持すべきだ」と主張する。結局、少し迷ったものの保険会社の意見をとりいれて、あと5年間「お守り」を持ち続ける、つまり定期保険の満期まで同じ保障内容を継続することにした。これは「あと5年なのだから」という結論なのだが、この判断は果たして正しかったのだろうか。
定年後の生命保険って、本当はもういらないのかも
年代別の保険による保障額の推移(図)を見てもわかる通り、生命保険(保障)とは、いうまでもなく私(世帯主)が死んだときに、残された家族などが路頭に迷わないための備えである。医療特約も、病気になって働けなくなったときや、医療費がかさんで経済的に家族に迷惑がかかることを防ぐためのものとなる。
しかしよくよく考えてみれば、これらは家族が私に経済的に依存していることが前提だ。つまり自分に収入があって、その収入が途絶えることによって家族が困るから保険に入っていることになる。
ところが「定年後 = そもそも収入がない」ことを表す。となると、最初の前提が崩れていることになるうえ、家族にとっては、私が生きていても死んでいても、経済的に見れば同じことなのだ。
現に私の子どもたちは、すでに社会人となって働いており、経済的に依存はしていない。妻は退職金を含めた預金と年金で、これからどうにか暮らしていけるだろう。そう考えると「今後も毎月2万円ずつ保険料を払い続けることはもったいないのではないか」と考えても、なんら不思議ではないような気がしたのだ。
定年後の生命保険は無駄と唱えるアドバイザーたち
そんな疑問と不安を抱えて、あらためて専門家の意見を聞いてみたところ、案の定、一部の保険会社のお雇い以外のまともなアドバイザーの人たちは、軒並み定年後の生命保険は無駄だと唱えている。現在、収入がなくてもなんとかやっていられているのに、そのうえ死んだときに高額な保障を得ようとするのは、ある種の無駄な贅沢だ、と。
しかも、かりに厚生年金の収入が20万円とすると、その10%もの額を毎月保険料として支払っていくことになる。これまで何十年にわたってかなりの額を捨ててきたわけだが、それに輪をかけるような無駄な出費だ。それよりは、毎月2万円を預金するなり、旅行するなりしたほうがよほど有意義だ。
しかしながら専門家は「すべての生命保険をやめろ」とは言わない。ただ「せいぜい300万円くらい、つまり葬式代くらいを保障しておけば十分だ」と言う。
気になる医療特約はどうだろうか。保険会社は、定年後は病気になる確率が高くなると唱えて、高額な医療特約を勧めるが、実はこちらもあまり負担がかからないようになっている。
医療費が3割負担というのはもちろんだが、仮に高額な医療費が発生した場合でも「高額療養費制度※」という国の制度があって、医療費にかかった一定額以上の支払額は公的機関が負担し、個人負担とはならないことになっている。
その額や上限額は人によって異なるが、仮に100万円の高額医療費が発生した場合、月に30万円ほどの収入の者で、個人負担額は9万円弱くらい。ただし、差額ベッド代や特殊な先進医療による治療費は、これには含まれない。※高額療養費制度は厚生労働省のHPに詳細が記載されているので、検索して調べてほしい。
こうして考えると、毎月の保険料2万円はいかにももったいなく思えてきた。葬式代の300万円と日額5000円の医療費特約なら、おそらく毎月数千円ですむだろう。「お守り」みたいなものと考え、保険と長らくつきあってきたが、これは本腰を入れてまじめに考えたほうがいいかもしれない。
前回は、定年退職後、引き続き生命保険に入り続けるか……について考えたが、今回は少しアングルを変えて、退職金の運用という側面から生命保険をみつめてみたい。
というのも、銀行で退職金の運用の相談をしたところ、「一時払いの生命保険」を勧められたからだ。保険で運用、しかも銀行が勧める……。
そこには、いったいどんな仕組みがあるのか、本当に利殖としての価値があるのか……を少し調べてみた。
銀行が退職金をターゲットに生命保険を売る時代
銀行の窓口では、退職金の運用の方法として定期預金、投資信託、国債などを勧められたが、もうひとつ意外だったが、一時払いの終身保険を勧められたことだ。
前回述べたように、保険会社との生命保険さえもうやめようかと迷っているところに、今度は銀行が、今から生命保険への加入を勧めてきた。
「一時払い終身保険」とは、月ごとに保険料を支払っていく平準型とは異なり、最初に保険料を全額支払ってしまい、死亡保障にあてるというものだ。つまり、死んだときに遺族に保険金が支払われる。定期保険ではないので満期という概念がない。
比較的大口のお金を狙った一時払い終身保険
これがなぜ資産の運用になるのだろう。窓口の説明によれば、銀行に預けておいて一定期間を経過すると、自分が死ななくとも中途解約したときの返戻金が、けっこうな金額となって戻ってくる。そこの銀行では、少なくとも定期預金の金利を上まわるシステムになっているという。
さらに、窓口の女性の話によれば、今1000万円で一時払いの終身保険に入ってもらえれば、10年後に解約した時には、手数料などを差し引いても返戻金が1050万円以上になるという。一般的な定期預金の金利でだいたい1020万円なので、倍以上の利殖ということになる。
銀行は2000年代前半から、規制緩和の流れの中で、金融商品のひとつとして保険も取り扱うようになった。ただし、しょせん保険会社の代理店的なポジションなので、セールスレディのような人件費を立てることもできず、また、個人を相手に小口の平準型保険商品を取り扱っても、手間ばかりかかって手数料のもうけが少ない。そこで、力をいれているのが、退職金などの比較的大口のお金を狙った一時払い終身保険で、少しでも大きな手数料をいっぺんに稼ごうということらしい。
結局、メリットを疑う銀行の生命保険
死んだら死亡保障金が入って、しかも途中で解約しても返戻金が定期預金の金利を上まわる、銀行の生命保険はいいことずくめのように見える。
事実、銀行は積極的にこの一時払い生命保険をユーザーに進め、銀行が保険を取り扱う真新しさと、この保険が相続税対策にもなることがわかって、ある種のブームにもなった。
しかし、この銀行の扱う生命保険には、大きな落とし穴がある。
それは、ある一定の期間を経過しないと、返戻金の額が最初に払った保険料を下まわる、元本を下まわるということだ。私が勧められたケースでは、約8年半を経過しないと、返戻金は元本と同じ額にはならなかった。もちろん、死ねば保障金は収めた額を上まわるのだが、どうしてもお金が必要な場合でも、9年たたずに解約すると、足が出てしまう。
つまり9年間は塩漬けの預金だ。定期預金なら、利息の額は小さくとも必要ならいつでも解約でき、それが預けた金額を下まわることはない。
返戻金の額だが、10年据え置きで50万円の上乗せなら、実は丁寧に探せば似たような金融商品はほかにもある。例えば国債なら、10年物で0.5%程度にはなる。また、インターネット銀行などでは、10年で1%を超える金利のものもある。
そのほか、銀行の手数料は生命保険会社に支払う分が上乗せされているので、おのずと手数料も高い。
結局、死亡保障というメリットはあるものの、本人が生きている間の貯蓄性のメリットはどれほどのものかと疑問にも思う。
最初に戻るが、定年退職者にとって、生命保険はもう不要なものになりつつあるのかもしれない。
銀行で生命保険に入るメリット
●金融資産を総合的に運用できる
この低金利の時代、リスクマネジメントは必須だ。資産の分散運用がいわれている。手持ちの資金を投資信託や国債などで運用するが、そのひとつとして、銀行に管理してもらいながら、生命保険を運用できる。
●複数の生命保険を比較できる
生命保険会社で保険に入ろうとすれば、その一社の商品の中で検討することになるが、銀行の場合、複数の生命保険会社の商品を扱っていることが多いので、客観的な比較ができる。
●ひとつの資金で死亡保障と資産運用の両方に生かせる
これが銀行の一番の売りだが、死亡した場合の遺族への保障に備えながら、なお中途の解約時には、保険料を上まわる返戻金が受け取れる。
銀行で生命保険に入るデメリット
●長期にわたって預け続けないと運用利益は出ない
高額なお金を一時払いとして銀行に預ける形になるが、少なくとも10年近くは預けたままにしておかないと、支払った保険料を上まわる返戻金は受け取れない。同時に、必要なときに引き下ろせない預金ということになる。
●銀行の手数料が高い
銀行が扱う保険は、保険会社の代理店の位置づけなので、保険料の取り扱いに関しては、銀行と保険会社のダブルの手数料ということなる。銀行は積極的に手数料を明かさないが、返戻金はそれが引かれた額になっていることを理解しよう。
●銀行の窓口は保険のプロではない
銀行の窓口の担当者は、預金や貸付、投資などのプロではあっても、生命保険のプロではない。もちろんひと通りの勉強はしているが、人の命にかかわる覚悟で生命保険を売っているとはとても思えない。
── 以上が、私が感じたメリットとデメリットだ。
もちろん、人によって考え方、とらえ方はさまざまだろうが、定年退職を間近に控えた多くの方が同じようなケースに直面すると思う。その際の参考になれば幸いである。
≪記事作成ライター:小松一彦≫
東京在住。長年出版社で雑誌、書籍の編集・原稿執筆を手掛け、この春退職。今後はフリーとして、さまざまなジャンルの出版プロデュースを手掛ける予定。
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