前編の記事では主にデフレ脱却と経済成長の必要性についてご説明しました。後編(この記事)ではアベノミクスの具体的な中身を紹介していきたいと思います。

経済にまつわる3つの思想

経済政策は経済思想によって決まります。時の政権がどのような政治思想を持っているかによって、選択される政策が変わってくるのです。現代で広く生きている経済思想は「自由主義」「リベラリズム」「社会民主主義」の3つです。いずれも資本主義と議会制民主主義を前提にしたものですが、その内容は大きく異なります。

自由主義はその名の通り自由を最大限慎重をすることをよしとする思想です。政府は市場にあまり関与せずに、私人や私企業が自由に取引をすることが全体の利益になると考えます。無政府主義者ではなく、市場の失敗を防ぐ政策、最低限必要な社会保障政策については賛成の立場を取ります。

著名な経済学者アダム・スミスに端を発する思想で、政治思想の右派と結びつきやすいです。

リベラリズムも基本的には自由主義に近しい考えですが、政府のより積極的な市場への介入に容認の立場を取ります。不景気時には財政出動や金融緩和で景気を抑揚させ、それと同時に社会保障もある程度充実させていく、という考え方です。

必然的に、自由主義と比べると大きな政府を志向します。20世紀を代表する経済学者・ケインズが進展させたもので、政治思想的には中道と結びつきます。

社会民主主義は、資本主義社会と議会制民主主義の中で国民の同意を得た上で福祉を充実させ、国営の事業や企業もどんどん増やしていく、という考え方です。

資本主義、議会制民主主義の堅持という点では、共産党一党独裁を肯定するマルクス経済学とは違いますが、一方でマルクス経済学の影響を受けているのも確かです。政治思想的には左派と結びつきます。

なお、社会主義・共産主義はかつてはこれらに比肩するほど主要な思想だったのですが、東欧革命やソ連の崩壊によって大きく退潮し、各国の共産主義政党は社会民主主義政党に移行しました。

実際にはこれらの思想は入り交じる

しかし、時の政権が「自由主義」「リベラリズム」「社会民主主義」の中から1つを選んで、それに基づいた政策だけを実行する、という考え方は正しくありません。殆どの政権は3つの政策を混ぜるはずです。自由主義的政権もリベラリズム的・社会民主主義的政策を行うことがありますし、逆もまたしかりです。

例えば、現自民党・公明党政権は自由主義的政権と言われることが多いですが、アベノミクスにはリベラリズム的な政策も入っています。教科書的説明ほど、政策は単純には決まらない、ということですね。

アベノミクスの中身は「金融緩和」「財政出動」「成長戦略」

アベノミクスの基本方針は

  • 金融緩和
  • 財政出動
  • 成長戦略

の3つです。

金融緩和は貨幣の供給量を増やして物価を向上し投資を増やす政策

まずは最もわかりやすい金融緩和から。金融緩和とは簡単に言えば、市場に流通するお金を増やして物価を向上させるための政策です。

経済学の一つに貨幣数量説という学説があります。これは簡単に言えば市場の貨幣の総量が増えるか、もしくは流通速度が早くなると物価の水準が増加する、という仮説です。自由主義的な経済学者で知られたフィッシャーが提唱した仮説であり、その内容は非常に単純です。

仮に貨幣の流通速度が一定のまま、貨幣の供給量が増えたらどうなるでしょうか。皆が(額面上は)お金をたくさん持つようになります。お金の供給が多く、需要が少ない状況では、お金の価値は下がります。お金の価値が下がれば、相対的に物価は上昇し、デフレを脱却できる、というわけです。

また、お金の供給量増加は、供給側(お金を貸す側)にとって不利に、需要側(お金を借りる側)にとって有利になります。つまり、借り手市場になるのです。このような環境では融資時の金利が下がるので、多くの企業や個人がお金を借りやすくなり、投資が生まれるようになり、経済成長が期待できます。

また、金融緩和は通貨安を導く効果もあります。貨幣が多く市場に出回れば、それだけ貨幣が手に入れやすくなります。手に入れやすいものの価値は低いということで、通貨安が起こるのです。通貨安は輸出の回復をもたらします。

以上はすべて学術的な理論であり、金融緩和は効果がない、と見る向きも少なくありません。効果があるのか無いのか私にはわかりませんが、過去には欧米諸国でもデフレ時には金融緩和が行われており、人気がある政策であることは間違いありません。

金融緩和の問題点

さて、ここまで金融緩和のいいところを説明してきましたが、もちろん金融緩和にもそれなりのデメリット、というか問題点があります。どうやって貨幣供給量を増やし、何%物価を上げるのか、ということです。

まず金融緩和の手法です。金融緩和の方法は大きく分けて2つ。日銀が市中銀行にお金を貸し出す際の政策金利を下げるか、日銀が市中銀行の資産(国債などの金融商品)を買うかです。政策金利が下がれば市中銀行がお金を借しやすくなるので民間への融資も増え、日銀が資産を買い上げればその代金が市中銀行に渡るのでやはりお金を貸しやすくなるはずです。

アベノミクスでは、主にETF-とJ-REITの大幅な買い入れ額の増加を行っています。ETFは日経平均株価やTOPIXの動きに合わせて変動するように設計されている投資信託で、J-REITは日本の不動産投資信託です。これらの金融商品を吸い上げることによって、市中銀行にお金を増やそう、というわけですね。特にETFの年間1兆円買い入れはかなり大きな額で、まさに大胆な金融緩和です。

物価上昇率については、日銀が2%上昇を目標に定めています。あくまでも狙いは緩やかなインフレで、余り急激過ぎる物価上昇は避けたい、というわけですね。

一方、こうした大胆な金融緩和には反対意見もあります。たしかに物価が高くなればデフレは脱却できますが、同時に物価が高くなれば生活は苦しくなります。物価が高くなっても、給料はすぐには上がらないというのは前編でも説明しました。また、そもそも日銀の金融緩和だけでは物価上昇率2%を達成できないとする意見もありますし、逆に2%を大きく超えたハイパーインフレを懸念する声もあります。

財政出動は政府がお金を使って景気を刺激する政策

次に財政政策です。財政政策とは簡単に言えば、政府がお金を使って公共事業を増やしたり、再生医療の実用化を支援したりして、インフラを整備し、雇用を安定させ、国民生活を向上させるための政策です。

財政出動という考え方は、基本的にはリベラリズムの考え方です。自由主義的政権でも、リベラリズム的政策を採用するのですね。自由主義は財政出動は長期的には無駄であるという考え方が一般的であるのに対して、ケインズは長期的に市場が安定するのを待っていると我々は死んでしまうから、そうなる前に赤字になってでも財政出動を行い、有効需要を創出することが景気を回復させるポイントであると考えていました。

一体なぜ財政出動が景気を刺激するといえるのでしょうか。ケインズは

国民所得:Y=C(消費)+I(投資)+G(政府支出)

という式を導いています。この式によれば、景気を刺激する、つまり国民所得を増やすためには、消費、投資、政府支出のいずれかを増やせばいい、ということになります。しかし、景気が悪い状態で消費や投資が増えるわけはありませんから、必然的に政府支出を増やすことになります。

乗数効果で政府支出の何倍も国民所得が増える?

政府支出をするには財源が必要です。政府の財源は税金ですが、景気が悪い時に増税するわけにもいきません。したがって、政府は財源を国債発行で確保することになります。国債とは発行元である国が融資元である投資家に対して一定の利子を付けて返済することを約束した有価証券です。

国債を発行すれば、いずれそれに利子を付けて返さなければならないのですから、国債の発行による財政出動は赤字を膨らますのではないかと思われるかもしれません。ケインズは乗数効果という理論で、その心配は無用であると結論づけています。

乗数効果とは、政府支出が1増えれば、国民所得が1より大きく増えるとする理論です。

例えば、政府が100億円を支出したとします。するとその100億円は公共事業で雇われた人などの所得になります。所得が増えれば、そのうちの何%かを消費することになります。

仮に50%を消費する場合、消費は50億円増えます。50億円消費が増えるということは、企業が50億円を受け取るということです。企業がその50%を消費に回せば、消費がさらに25億円増えることになります。次の企業も50%消費を増やせば、さらに消費が12.5億円増えることになります。

こうした経済循環はずっと続きます。100億円+50億円+25億円+12.5億円……=200億円となります。消費はそのまま国民所得の上昇につながりますから、政府支出が100億円でも、国民所得は200億円増えるのです。国民所得が増えれば国債に利子を付けて返してもお釣りが来るので問題ないよ、ということです。

このような効果を乗数効果、最初の政府支出に対する最終的な消費総額を乗数と言います。この場合、乗数は2です。

乗数効果は減少している?

乗数効果が確実に発生するのならば、不景気時には大規模な財政出動を行うのがいつでも正解となるはずです。しかし、近年日本の財政出動による乗数効果は以前と比べて小さくなってきていると言われています。一体なぜでしょうか。

例えば、財政出動が非効率ならばどうしても乗数効果は小さくなります。以前の日本は箱物やインフラが絶対的に不足していたのでどんな財政出動を行ってもそれなりの乗数効果を得られていたのですが、必要と思われる建物やインフラが概ね整備された現代においては、効果的に乗数効果を上げるのが難しくなってきているのです。

もう一つは、マンデル=フレミング・モデルの帰結です。これは変動相場制のもので財政支出を行うと金利が上昇し、円高となるので貿易黒字が減少、あるいは赤字が拡大し、財政出動によるプラスと打ち消し合うので効果は得られない、という理論です。

ただし、マンデル=フレミング・モデルは経済規模が小さな国に当てはまるものであるため、日本のような経済規模の大きい国では発生しないという理論もあります。なんだかややこしいですね。

このような事情があるため、通常金融緩和と財政出動は同時に行われます。財政出動で国民所得を上げつつ、金融緩和で円高を抑制、円安に導いて貿易黒字を増やす作戦です。

アベノミクスでは何に財政出動をしているのか

財政出動に効果があるのか、あるいは効果があるとしたらどの程度のものなのかは私にはわかりませんが、ともかくアベノミクスには財政出動を行うことによって国民所得を増やすという目的があります。では、一体どんな分野に財政出動をするのでしょうか。

平成26年、安倍政権は国土強靭化という政策を発表し、地震や災害に強いまちづくりを目指すために、10年間で200兆円の公共投資をすると発表しています。10年間で200兆円、単純に考えれば1年で20兆円です。かなり大規模ですね。ただ、実際にはそこまで災害対策に財政出動が行われているわけではありません。

平成28年度の一般会計歳出約97兆円の内、公共事業に使われたのはおよそ6兆円程度です。社会保障費が32兆円にまで膨らんだ現環境において、公共事業を増やすのにも限界がありますし、そもそもそこまで大規模な公共事業がほんとうに必要なのか、という疑問もあります。

財政赤字は大丈夫なの?

乗数効果が期待できるとは言え、財政出動をすると財政赤字が増えることは間違いありません。大規模な財政出動をしても本当に問題はないのでしょうか。

平成29年度の一般会計の歳出総額は史上最高となる約97兆5000億円になる見通しです。一方、税収は57兆7000億円程度で平成28年度を1000億円上回ったものの、40兆円ほど不足しています。この不足分を国債で補っているわけです。

一方、国債の利払いは元本の償還に充てる国債費は23兆円となる見通しです。単純に考えれば、金利抜きでも17兆円ほど債務が増えていることになります。この傾向は今に始まったことではなく、日本の債務は延々と増え続けています。

ただし、債務の絶対値には余り意味がありません。債務が多くても、それを返せるだけの収入、つまり高い国民所得があればすぐに返せるからです。債務残高がGDPに対して高すぎる場合、国家財政は危険であるといえます。現時点での日本の債務残高の対GDP比は約230%で、アメリカの110%、イギリスの115%、ドイツの75%、フランスの120%を大きく上回っています。大丈夫なのでしょうか。

日本国債の殆どは日本人が買っている

日本国債を発行している日本政府は債務者です。では、日本国債を保有している債権者は一体誰でしょうか。日銀のデータによれば、平成28年3月時点での日本国債の主な保有者内訳は以下のようになっています。

  • 保険・年金基金など:25.0%
  • 民間銀行:22.1%
  • その他金融機関:37.3%
  • 海外:5.7%
  • 地方自治体など:5.5%
  • 投信・証券など:2.0%
  • 家計(個人):1.4%
  • 非金融法人企業:0.6%
  • 非営利団体:0.4%

これを見てもわかるように、日本の国債は殆どが日本の個人や企業が所有しています。海外の保有率はわずか5.7%に過ぎません(米国国債の海外保有率は約33%、フランス国際の海外保有率は約65%)。

なので仮に国債が償還できなくなっても海外資本を引き上げられないので大丈夫、とする向きもあります。しかし、仮に国債が償還できなくなれば、資産の多くが国債となっている金融機関が大きなダメージを受けるのも間違いないでしょう。

成長戦略は最も抽象的で、もっとも重要な政策

成長戦略という概念は、金融政策や財政出動と比べるとかなりぼんやり、ざっくりとしていて捉えるのが難しい概念です。しかし、アベノミクスの3本の矢の中でも最も重要なのはこの成長戦略であると行っても過言ではありません。

企業者の革新が経済成長をもたらす?

成長戦略という概念を理解する上で知っておくべきなのが、経済学者のシュンペーターです。シュンペーターはケインズと同時期に活躍していましたが、ケインズと比べると自由主義的な政策を好む人物でした。

彼の理論の中核をなすのがイノベーション、すなわち物事の新結合、新機軸の創造です。新しい技術を発明したり、新しいアイデアから価値を想像したりする起業家の革新的な取り組みこそが経済成長につながると考えていました。アベノミクスの成長戦略も、基本的にはシュンペーターの理論に基づいています。

成長戦略には金融政策や財政出動のような即効性は期待できませんが、その分成功した場合は長期的に日本を経済的に潤うことになります。

成長戦略の4本柱

成長戦略の4本柱は、以下のようになっています。

投資の促進

投資の促進とはその名の通り、投資に対するハードルを下げて投資を促すことです。先程のケインズの式を見ても分かる通り、投資が増えればその分国民所得が増えます。では、一体どのようにして投資を増やすのでしょうか。

まずは法人税の減税です。投資の主役は個人ではなく企業ですから、その企業から取る税金を少なくすることによって設備投資がしやすくなり、投資を増やす、という考え方ですね。

また、中小企業を対象とした経営相談を受けられる拠点「よろず支援拠点」も整備されました。その他、事業展開や早期の事業再生に取り組みやすくするためのガイドラインの制定、中小企業が国等の契約の相手方になる機会の促進なども行われています。

世界経済とのさらなる結合(グローバル化)

この分野の目玉は観光と海外のインフラ受注です。さらに外国人観光客に国内に来てもらい、お金を落としてもらうため、ビザ要件の緩和や免税範囲の拡大を行っています。

また、世界にはまだ日本ほどインフラが整っていない国歌もあり、こうした国からインフラ整備の事業を受けるのも重要な成長戦略と言えます。過去にはインドの貨物専用鉄道敷設工事(約1100億円)やモンゴルの新国際空港建設工事(約500億円)などを受注しています。

人材の活躍強化

これは優秀な外国人労働者を積極的に雇える環境を作る、女性が今まで以上に活躍できる場を整え、転職をやりやすくするなど、労働市場の整備と強化です。特に正規雇用と非正規雇用の対立解消は重要な課題であり、「多様な正社員」導入企業に対するコンサルティングや助成制度などを進めていく方針です。

新たな市場の創出

今まで寡占市場とかしていた電力会社を自由に選べるようにしたり、医薬品をインターネットで買えるようにしたり、農業の大規模化・集約化を測ったりするなどして、競争を促して生産性を向上させるための取り組みです。

肝心の成果はどうなっている?

アベノミクスが成功しているのか、失敗しているのかは私にはわかりません。おそらく、私以外の人も多分わかってないでしょう。わかったつもりになってる人はいるかもしれませんが。

世の中には様々な指標があり、一部の指標だけを恣意的に取り出せば、アベノミクスが成功しているように見せることもできますし、逆に失敗しているように見せることもできます。

例えば、日本の実質経済成長率は2013年は1.36%、2014年は-0.03%、2015年は0.54%でした。これは他の先進国と比べてもかなり低い水準であり、これだけ見れば失敗しているようにも見えます。しかし、パートタイムを除いた有効求人倍率は2009年~2011年まで1.0を切っていましたが、2013年以降は1.0を上回っています。また、2016年11月には完全失業者数が約21年ぶりに200万人を下回りました。

一方で、消費支出は2014年、2015年と連続で減っています。そして、2016年には最低賃金が過去最高の上げ幅を記録しました。

良いデータも悪いデータも、探そうと思えばいくらでも探せるんです。同じ国にいてもアベノミクスの恩恵を受けている人もいれば、弊害を受けている人もいるでしょう。両者の間では当然アベノミクスに対する評価は別れるはずです。全員が恩恵を受けられる経済政策などまず無いでしょう(全員が弊害を被る経済政策はあると思いますが)。

あなたがアベノミクスは失敗していると思っていても、あなたの親や配偶者、職場の同僚、学生時代の同級生は成功していると思っているかもしれません。

逆にあなたは成功していると思っていても、周囲の人は失敗したと思っているかもしれません。自分の評価が日本人全員に受けいれられると思うのはやめたほうがいいかもしれませんね。

アベノミクスで儲けた人たちの投資術

最後に、アベノミクスでも受けた人たちは、どうやって儲けたのか見ていきましょう。2014年12月にハーバービジネスが、2014年に設けた投資家を対象に行なった調査によれば、投資スタイルは「中長期」が56%、スイング(短期、数ヶ月程度まで)が20%、デイトレ(1日)が17%、スキャルピング(超短期、数秒~数分)が6%でした。また、投資対象は東証の大型株が51%、新興株は37%でした。

全体として、東証の大型株に中長期的に投資している人が利益を挙げられているようです。平均運用額は約1300万円、平均利益は約210万円でした。ただし、これは一部の大型個人投資家が額を釣り上げているためであり、中央値はそれぞれ約500万円、60万円となっています。500万の運用で60万円の利益ですから利回りは12%、十分に勝っているといえます。

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金融・ 経済関連の記事をメインとしたフリーライターをしています。様々なジャンルの本を読み漁っていますので、 自分の記事が投資家の皆さんの利益となるように情報発信に努めていきます。